
「さらば、プロ野球」より抜粋
「VS高木守道」編。
そして、第二次政権での高木監督の野球は、やや緻密さに欠けたような気がします。
例えば選手起用。競った展開で8回に4番から始まるとしたら、その時点で8番か9番バッターのところで代打を想定し、起用する可能性がある選手数人に「ベンチ裏で素振りしておけ」と指示を出すものなのですが、それが行き当たりばったりだった。実際、その場面が訪れた時に「誰がいい。じゃあ、あいつにしよう」といった感じで選手交代をするから、打席に立つ選手は準備もろくにできず打席に立たなければならない。結果、凡打に終わる。そんなことが多々ありました。
ピッチャー起用にしても同じでした。5回まで3人の投手が投げていたとしたら、6回からマウンドに上がるピッチャーには同点や延長などの場面を想定して2イニングなど長く放らせることがセオリーとして考えられますが、高木監督は打たれればすぐに代えてしまう。つまり、1試合を通してのプランニングが希薄だったのです。
12年には権藤博コーチとの確執などがメディアに収り上げられましたが、そういったところが原因と言えば原囚だったのでしょう。高木監督自身、野球が大好きなあまり自分の感覚を押し通してしまう強情さもあった
第一次は調子が良かったし、第二次は拾ってもらった恩義もあるんで、恨みはないのかな。
ただ、さすがにあの体たらくでは、批判せざるをえないか。
■さらば、プロ野球 ~ジャイアンの27年 : 山﨑 武司/宝島社

たまるD: 山﨑武司「さらば、プロ野球」
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